仕事をしながら、在宅介護をしています。とはいえ、介護度2でまだ多少のことは自分でもできる母ですし、ケアマネさんも親身になってくれて、デイサービスを週に数回、月に1度程度はショートステイも使っているので、何とか助けられつつやれています。
ただ仕事中は仕事のことと、母は大丈夫かな?という一抹の不安と、帰ってからは家のことや、母の体調のことなどを気遣うのが常で、自分自身のことを考える余裕はありません。
ふっと立ち止まると、こんな状態がいつまで続くのか‥などと考えてしまい、得も言われぬ不安が押し寄せてくることもあります。独身ですが、自分の人生、これからなんかについても、思いをめぐらせるような余裕はないです。
みんなのコメント
0件かぜのおと
2017/2/25>匿名さん
そうですね、これがずっと続く気がしてしまうので、なんとなく不安ばかりになっています
>ちーかなさん
ちーかなさんこそ、大変な状況のなか頑張っておられて尊敬します。お互いがんばりましょね。
>タラコさん
ゴールというものを設定できないって、こんなに不安なものなのですね…。でも目の前のことややらないとですね。
>ニックネーム未設定さん
自分のことを忘れるくらいのかんじで介護されてきたのですね。もう生活の一部になってしまうんですよね。
>匿名さん
認知症になると、絆とかも、感じ取りにくくなるかもしれないですから、それも複雑なのですよね。
>匿名さん
どこまでが頑張りすぎで、頑張りすぎてないかとか、そういうことももうだんだんとわからなくなってくるのですよね。たこいち
2017/2/17みんなそうですね。頑張りすぎです。自分の将来を犠牲にして介護しても別に誰もあなたの人生に責任負ってくれるわけではありません。親の介護して偉いねとか周りに言われたり、恩返ししたと自己満足に浸る程度のこと。それで婚期を逃したとか体を壊したということになっても現実にはそれは自己責任という冷たい世の中です。あなたが幸せになることが親孝行でもあると思います。今はそこまで…かもしれませんが、割り切ることで自分を守ることもできる日が来ます。その時はあなたの考え方を変えることも考えてください。仕事中は仕事に集中しましょう。気が休まりませんよ。
たこいち
2017/2/13大事に育ててくれた親が年を取り、自分を頼りにしてくれてる親をほっとけなくて家で介護をしています。軽い認知症はあるものの前向きな父親が可愛くて出来るだけ家で看取りたいと思って生活しています。看取るまで認知症が進まないと良いなあ。
- いーじ いーじ2022/12/12
たこいちさん
とても介護に詳しくてご自分のやり方を見出したのだと思います。
ご自分は介護度がそこまででもないお母様を見ながら頑張ってやられてる
でも他の方には自分を守ることが1番と言う
私は何が1番なのか知りたいです。
たこいちさんがご自分の、現在経験している中で何が1番と思い何を思ってやり抜こうとしているのか知りたいです。
ゲスト
2017/2/12常に自分のことが後回しで介護者中心の生活になってきました。ある日、考え方を変えよう、まず自分のことをやってから、余った時間で介護しよう、と思いました。
例えば、ご飯をちゃんと自分の分を何品も美味しそうに盛りつけて配膳し、よく噛んで味わって食べて、食後にお茶をゆっくり飲み、皿を片付けてテーブルを拭き、皿を洗って片付けるところまでしました。要介護者がどうしてるかな、大丈夫かな、と心配は尽きないのですが、どんなに心配でも要介護者を見に行かない、と決めて、実行してみました。
そうしたら、要介護者は、転倒もなく、普通にしていて、身の回りの世話を自分一人でしていて、介助しなくてもできるんだ、ということに驚きました。
今まで呼ばれたら即行く、という感じで、睡眠はめちゃくちゃ、ご飯も疎か、美容院に行く時間が無い、TVをみて楽しむ気持ちのゆとりがもてない、という生活だったのですが、これからは、自分の時間をまず優先的に確保して、余った時間で介護にしてみようと思っています。タラコ
2017/2/12お疲れ様です。
仕事と介護の兼任、気が休まらないですよね。
ゴールが見えにくい介護を、単身でせざる得無い事への心身負担や疲弊は、
かなりなものとお察しますが。
最初の匿名さんが仰る、「永遠に続くことは無い」「前向きさが大事」にも、同感です。
一人っ子独り身で似た様な立場に身を置き、6年が経った40代です。
両親の病身介護とお見送り完了後も家庭事情柄、
一人親方で家業運営しつつ、母方祖母(90代・施設入居)と
母方叔母(60代・見守り同居)の生計立てと、ケアキーパーソンを兼任しています。
施設入居中の祖母は、非認知症で心臓疾患があり、
昨年から衰弱や不具合発生が頻繁になってきました。
今は自立生活が出来ている同居中の叔母も、いずれ身体介護が始まりますが、
精神不安定故に介護サービス利用も、容易には出来そうにありません。
頼れる親族がいないため、祖母や叔母より先に、
自分が倒れるか他界した場合の諸手続きや、
自分が「最後の一人」となった際の出口戦略も立てなければならず、
悩みは尽きないし、自分時間もなかなか取れません。
始めの数年は怒りと理不尽さに苛まれ、過度のストレスで心身を壊しかけました。
今でもその後遺症が、内臓疾患やら時たま起こる言語障害で残っていますが。
「役目を全うする時期」と腹を括り、様々な分野の方々のサポートを得ながら、
諸問題を一つずつクリアする様にしています。
>こんな状態がいつまで続くのか‥などと考えてしまい、得も言われぬ不安が押し寄せてくることもあります。
同じ思いを、何度と無くして来ました。今でも、不安に駆られる事は多々あります。
不安を少しでも軽減するためには、不安と向き合いその原因を把握し、
対処法を見つけ実行し続けるしか無いと思っています。
今は、お母様に向き合う時期なのでしょうから。
ケアマネさんや医師と良く連携を取り、介護サービス利用を続けつつ、
コロコンさんが倒れないよう心身休息も取りながら、
今なすべき事に向き合えると良いですね。ちーかな
2017/2/12私も39歳独身女性で、仕事と休みの日は父の介護で毎日が終わる生活をまだ6年ですが、してきた者です。加害者と協力をしてくれない家族を憎み、ずっとこの6年生きてきました。父の介護が終わればきっと、母もぼちぼち介護が必要となるだろうし、姉達はきっとまた助けてくれない。何回話し合っても喧嘩しても変わらなかった。家族が助けてくれないのに、他人が助けてくれるはずがない。この6年で得たことはこの結論でした。体力も年々落ちていき、婦人科疾患も出てきて、心と体がついていかず、周りは子育て真っ最中。孤独で虚しくて、でも親を見捨てることはできず、ただ、自分の健康を保ち両親を見届けることが頭にあるだけです。両親がいなくなった頃には自分も本当にいい歳で、子供も本当に生めないだろうし孤独に生きていくのかなと、ただ親の介護をするために自分は生まれてきたのかなと、加害者や姉や母親が憎くて仕方ありません。最近は、休みの日に父の所に行くこともしんどくて、ごめんねと罪悪感を感じながら今も布団に引きこもり、このコメントを書いています。介護をしたことのない人達には、入院してるのに任せておいたらいいのにと思われていると思います。でも、植物人間の入院生活ほど、ただの病院の肥やしであるものはありません。オムツ交換と経管栄養以外何もしてもらえない。手も臭くなり固くなっていく。痛くても痒くても気持ち悪くても何も言えない。家族の協力がほしい。自由になりたい。でも父と母が大切で、自分の将来に何の希望ももてません。コロコンさんよりも甘えた環境ながら、コロコンさんの気持ちが少しは共感できるような気がして、コメントしてしまいました。私も、姉達のように結婚して子供も欲しかった。そういうことに気持ちを向けられる余裕がほしいです。
たこいち
2017/2/12今は、母親の介護が中心の時期。
それが永遠に続くことは無い。
優先順位は、母親でも将来の事も視野には入れられます。
こういう風に考えると気は楽には成ります。
前向きさが大事です。
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- たこいち
大凡、7年ぐらい前に介護職を目指してヘルパー2級を受講したときに、最初に習う項目だと思います。 人間の尊厳とは、個人の尊厳あるいは、個人の尊重とは、全ての個人が互いを人間として尊重する法原理をいう。 日本の法律では最高の価値基準であり、各種基本的人権、中でも平等権を直接根拠づけるものとされる。 世界的ないし歴史的には憲法制定権力に正当性を与える自然権として理解される。 とあります。 この基となる事が道徳であり、小学生で習う事でもあります。 道徳は、次のような意味をもつ。 道徳 人間が無意識の内に世の中に存在するものと認識している正邪・善悪の規範。個人の価値観に依存するが、多くの場合は個々人の道徳観に共通性や一致が見られる。社会性とも関わる。 道徳観 道徳に対する観方、捉え方。正邪・善悪の価値観。個々人の価値観に依存する。 道徳性 正邪・善悪を区別し、道徳的規範に従う心、能力、判断のこと。道徳心。 これがベースで人間の尊厳が有り、より理解も深まるという事になります。 今や義務教育においては、道徳の授業が縮小されて基となる事を習わない様になっているそうです。 この様に、物事の善悪の判断が覚束ない様な人々が果たして個人の尊厳が守れるのかどうか?先行きを危惧しております。 利用者に対して、そのご家族などに対して、同じ職員などに対して、どの様に考えておられるのでしょうね。
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